突然終わりを告げた北海道車中泊の旅
この世の果てと呼ばれる『トドワラ』を出て知床へ車を進める予定だったのですが、残念なお知らせが。。。
もう少し旅は続く予定だったのですが、突然の諸事情により北海道車中泊の旅はこれで最終日となってしまいました。
読んでくれている方もいたみたいですみません。
毎日リアルタイムで書いていたので、たくさんの人がリアクションをくれて本当に楽しみながら旅をすることができました。
ひと区切りとして自分なりにこの旅の事をまとめさせていただこうと思います。
北海道生まれ北海道育ちが知らなかった北海道の姿
今回車中泊の旅と題して旅をしてきましたが、北海道生まれ北海道育ちであるにも関わらず、行ったことのない所だらけで毎日が最高な旅となりました。
大好きなナイタイ高原、美しい設計がされた千年の森、鏡のように映るオンネトー、神秘的な神の子池・・・。
時間を気にせず、気の向くまま好きな場所へ行く。
こんな旅はもしかしたらもうできないかもしれませんね。
でも実はボクがこの旅でもっとも大きな財産となったは、北海道の大自然を見たり、美味しい物を食べたりする事ではなく『北海道に生きる人』の事でした。
そう、この旅の5日目で会って話したアイヌの人たちの事です。
あの日以降、運転中や寝る前にずっと考えてたのは“人にとっての本当の豊かさ”についてでした。
断片的になってしまいますがお二人が話してくれた事も交えながら、自分の整理のためにも書きたいと思います。
人にとっての本当の豊かさとは?
アイヌの人は食料となる肉や材料となる木材など、自分たちが生きるために必要なものは必要な分しか獲らなかったそうです。
北海道には長く厳しい冬があります。
「狩った動物の肉はすべて持って帰って保存しておけばいい」そう思うでしょう?
「木材などの材料は万が一のためにたくさん蓄えておけばいい」そう思うでしょう?
ところがアイヌの人たちの考えはこうだったそうです。
『命は私たちのため、だけの物ではない』
だから捕らえた獲物も必要な分だけいただいて、残りは他の動物たちが食べられるように残しておく。
同じように木の皮も必要な分以上を剥ぐようなことはなかったんだとか。
たくさん所有していること=幸せもしくは豊かとは考えなかった。
むしろそういった行動が自然のサイクルの中で、後々に自分たち自身を苦しめる事になる事をアイヌの人たちは理解していたのではないでしょうか。
必要な分がきちんと循環されるサイクルこそが彼らにとっての豊かさだったのです。
十勝の大自然の中で感じ、この旅の中で運転中や寝る前にずっと考えていた気持ちをまとめたいと思います。
豊かに生きるためにお金や物はやっぱり必要、これは変わりません。
だけど、
たくさん持ちすぎてそれを守る事に必死になり、心の豊かさを失うような生き方はしたくない。
必要以上の物を得るために必死になって、人との間にある豊かさを失うような生き方はしたくない。
・少ない物でも満足に生きる方法を知っていること
・少しのお金でも楽しく生きる方法を知っていること
・小さなことにも与えてもらった喜びを感じられること
豊かに生きるということは、豊富に所有することと真逆にあったんだと感じたのです。
本当の幸せは心が豊かなことでしょう?
大切な人にたまには喜んでもらえる贈り物ができること。
いつも時間に追われていたりせず、困ってる人がいれば手を差し伸ばせること。
お金や物はそれを維持するために必要な”要素のひとつ”でしかない。
ボクが34年間知らなかった北海道と、出会った人たちに気付かせてもらったことでした。
短い期間でしたが本当にいい旅になりました。
いろいろ教えてくれた友人や旅先でのたくさんの出会いに感謝しています。
本当にありがとう。
これでいったん北海道車中泊の旅は終わりますが、またいつかこの続きができる日が来るといいな。
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